ソフトバンクホークス千賀滉大投手、育成出身初のノーヒットノーラン!小学生からプロ入りまでの経歴。

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みなさん、こんにちは。

優勝争いの先頭に立つソフトバンクから素晴らしいニュースが入ってきました。右のエースが本日のヤフオクドームでのロッテ戦で史上80人目のノーヒットノーランを成し遂げました。そのエースの名前は

(引用:Wikipedia

千賀滉大

一時は2位西武と肩を並べられ、ズルズルと行きそうなチーム状態だったソフトバンク。ここに来ての千賀投手の記録達成は間違いいなくチームを鼓舞するでしょう。

この千賀投手、実は育成出身。育成出身の選手のノーヒットノーランは史上初の快挙。素晴らしい記録達成ですね!!

今回はそんな千賀投手のプロ入りまでについて迫っていきます。

千賀滉大とは

(引用:産経新聞

本名:せんが こうだい

出身:愛知県蒲郡市

生年月日:1993年1月30日 現在26歳

身長:186cm

体重:84kg

所属球団:ソフトバンクホークス

入団年:2010年 育成選手ドラフト4位

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小学生から野球センスを磨いた千賀投手

千賀投手も野球を始めたのは比較的早い時期からではないでしょうか。小学校2年生から少年野球チームに参加。

最初は三谷東若葉という野球チームに入り、その後4年生からは北部サニーボーイズにチームを変えて野球を続けます。

野球チームを変えたのはなぜでしょうかね??まあ、この小学生時代に野球の基礎をみっちりと叩き込まれたことは確かでしょう。

中学時代のポジションはサード

その後、蒲郡市立中部中学校に入学すると迷わず軟式野球部に入部。始めのポジションはサードだったようです。

中学時代は複数のポジション当たり前ですから、この頃からピッチャーの練習もやっていたのでは、、、

高校時代から本格的にピッチャーへ。

(引用:liverdoor news

ピッチャーへの転向は蒲郡高校に入ってから。1年時からレギュラーを獲得。公式戦に登板するようになって実戦感覚を養われるようになります。

球速も140キロ以上をマークするようになり、2年春からはエースとしてチームの中心的な存在へと成長します。

しかし、2年秋と3年春は故障がちとなってなどで公式戦に登板はゼロとなってしまいます。

高校時代最後の3年夏に愛知県大会では2回戦まで勝ち上げるものの3回戦で敗退。こうして千賀投手の高校時代は幕と閉じることとなります。

意外なご縁からプロの道へ。

高校時代を振り返ってみると当時の千賀選手は残念ながら無名の選手だったようです。したがって各チームのスカウト達もノーマーク。

もしかするとソフトバンクへの入団がなかった才能も開花することなく、別の道を歩んでいたかもしれないですね。

しかし、野球の神様は千賀選手をしっかり見ていたようですね。

プロ野球へのきっかけは地元愛知県にあるスポーツ用品店「西正ベースボールショップ」の経営者が当時のスカウトだった小川一夫氏と知り合いだったことからとのこと。

このご縁によって2010年の育成ドラフトで千賀選手をソフトバンクが指名するに至ります。

まとめ

今回は育成出身では史上初めてのノーヒットノーランを達成したソフトバンク千賀滉大投手のプロ入りまでについて迫ってみました。

人の人生って偶然の重なりで多く変わるものなんだなーとつくづく感じさせる千賀投手の野球人生ではないでしょうか。

侍ジャパンにも招集され、今回のノーヒットノーラン達成と今や日本を代表する先発ピッチャーとなった千賀投手。次に目指すのは海の向こうかもしれませんね。

では、また。

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